犬の膵炎と脂質管理:肥満・高脂血症にも役立つ“やさしい食事設計”
はじめに:脂肪=膵炎の原因、という誤解
「膵炎の犬はとにかく低脂肪に」と言われることがあります。
しかし最新の獣医学では、『脂肪量=膵炎の原因』という根拠は明確ではないとされています。
実際、急性膵炎の直接原因は多岐にわたり、 遺伝・高脂血症・内分泌疾患・代謝・ストレス・環境要因の影響が大きいことが分かっています。
つまり、膵炎と脂質管理を考えるときに大切なのは、
“脂肪の量”ではなく “脂肪の質と加工方法”です。
1. 犬は本来「脂肪が得意」な動物
犬は本来、肉食の代謝を持つ動物です。
そのため、エネルギーの多くを脂肪から効率よく得ることができます。
- 胆汁の分泌が多い(脂肪乳化が得意)
- 膵リパーゼは高脂肪に適応しやすい
- 炭水化物の大量消化の方がむしろ負担になる
犬の代謝は、「脂肪=負担」ではなく「脂肪=主要なエネルギー源」という前提から理解する必要があります。
2. 膵炎を悪化させるのは“量”ではなく“質”
脂肪そのものが問題なのではなく、次のような脂肪が膵臓に負担をかけます:
- 酸化脂質(酸化した油)
- 高温処理で変性した脂肪(加工フード・揚げ物)
- トランス脂肪酸
- 長期間の保存で酸敗した脂質
これらの脂質は、消化に時間がかかり、炎症を誘発しやすい特徴があります。
言い換えると、脂質の“質”や“調理・加工方法”が膵臓の負担を左右するのです。
3. 生肉(生食)の脂質が膵臓に優しい理由
生肉(生食)の脂質は、加熱や押し出し加工を受けないため、化学構造が自然そのものです。
- 加熱変性が少なく、体内での吸収がスムーズ
- 酸化脂質が少ない(高温にさらされない)
- リン脂質中心で、胆汁と結びつきやすい
- 血糖を急上昇させず、膵臓を過剰刺激しない
そのため、同じ「脂肪」であっても、
生肉の脂質は膵臓へのストレスが少ないという特性があります。
※これは生食を推奨する文脈ではなく、脂質の“性質の違い”を科学的に説明したものです。
4. 肥満・高脂血症と脂質の関係
「脂肪を食べると太る」「脂肪が中性脂肪を上げる」—— これは人間の栄養学がそのまま犬に転用された誤解のひとつです。
🔸 実は太りやすいのは脂肪より“炭水化物”
- 高GIの炭水化物は血糖を急上昇させる
- インスリンが中性脂肪を増やす
- デンプン主体の加工フードは脂質より太りやすい
つまり、肥満・高脂血症の管理で大切なのは、
脂質を減らすことではなく、血糖とインスリンを乱す要因を減らすことです。
5. やさしい脂質管理の実践ポイント
✔ 良い脂質(膵臓に負担をかけにくい)
- 未酸化の動物性脂肪(鶏・牛・馬・羊など)
- EPA/DHAを含む魚脂
- 卵黄脂質(レシチンが胆汁を助ける)
- 自然な形のリン脂質
✔ 避けたい脂質
- 揚げ物や人間用加工食品
- 古い油、酸化した油
- 高温押し出し製法で変性した脂質
- トランス脂肪酸
✔ 再発予防のための食事運び
- 急に「低脂肪」に切り替えない(逆に消化負担が上がることも)
- 新しい脂質は少量から導入し、便と元気を確認する
- 炭水化物を必要以上に増やさない
- 食事の脂質は「量より質」を重視する
6. 食事全体のバランス(PFC設計)
膵炎や高脂血症が気になる犬の食事は、次のようなバランスが基本になります:
- P(タンパク質)=十分に(筋量を維持し血糖の安定に)
- F(脂質)=質を選ぶ(適量は問題なし)
- C(炭水化物)=必要最小限(血糖負荷を避ける)
つまり、やさしい脂質管理とは、
「低脂肪」ではなく「低ストレスの代謝」をつくる設計です。
まとめ:脂質は“敵”ではなく“選び方”がすべて
膵炎・肥満・高脂血症が気になるとき、 つい“脂肪を減らすこと”ばかり考えてしまいます。 ですが、犬の代謝から見れば大切なのは、 脂肪の量ではなく「質」です。
生肉(生食)・未酸化の動物性脂肪・魚脂など、 自然に近い脂質は膵臓への負担が少なく、代謝にも優しい。 逆に、酸化した脂質や加工フード由来の変性脂質は負担になりやすい。
食事を“やさしく”するために必要なのは、 低脂肪ではなく、自然な脂質を選ぶこと。
今日の一皿が、膵臓と代謝を守る第一歩になります。
📚 参考文献
- Xenoulis PG, Steiner JM. "Canine pancreatitis." J Small Anim Pract. 2015.
- Hall JA. "Dietary fat and canine metabolism." Vet Clin Small Anim. 2016.
- Watson P. "Chronic pancreatitis in dogs." J Vet Intern Med. 2019.
- Plantinga EA et al. "Macronutrient profile of canine diets." Br J Nutr. 2011.
- Michel KE. "Nutritional management of pancreatitis." WSAVA Guidelines.